不正の事実が発覚すると、経営者のなかには「許せない、刑事
告訴しろ」と息巻く方がいます。担当者も経営者の憤りに押さ
れて「どうしたものか」と頭を抱えているものです。
もっとも刑事事件として扱うことの妥当性については、経営者
は落ち着いて考える必要があります。実刑で服役すれば、それ
だけ被害回収の可能性が低くなります。
私が担当したケースでは、経営者は民事賠償を放棄して刑事事
件として告訴しました。
捜査は結構大変でしたが、最終的に、数年後、運転免許証の更
新で逮捕できました。
もっとも、刑事事件化すれば、銀行をはじめとした取引先など
の知るところとなり「どういう管理をしていたのか」といった
風評被害につながる場合があります。問題は、コストをかけて
刑事責任を求めても、会社にとって特段の利益を得ることはむ
ずかしいものです。
刑事事件とする場合は、横領などの額が多額であり、賠償する
ことがもはや無理なときになるでしょう。
警察は非常に嫌がっていますが、企業側の多くは「賠償責任を
尽くせば刑事責任を求めない」という交渉の材料として利用し
ています。
この点、私は経営者に民事の材料にしないことで、この事件を
担当することにしました。経営者が民事の材料にする場合は、
はじめから民事賠償を本人や保証人に求めたでしょう。
刑事責任を求める場合、警察に対して告訴することになります。
この告訴に関して、警察は簡単に受け付けてくれるものではあ
りません。警察から「告訴でなく被害届にしませんか」と言わ
れることがあります。
「告訴」と「被害届」は、警察に対して犯罪行為を伝える点で
は同じですが、まったく効果が違います。
告訴の場合、警察は捜査をしなければならず、かつ結果を報告
する義務があります。これに対して被害届では、捜査実施の裁
量が警察にあり、かつ結果を報告する義務もありません。
私もおこないましたが、会社が告訴しても、告訴状を出せばい
いというわけではありません。実際には、事件に関する資料を
作成して提出する必要があります。
資料の作成などにはコストが発生します。私が担当したときで
さへ、事件に関する調査をする時間は相当なものになりました。
会計帳簿の不正解明を税理士などに依頼すれば、調査費用は多
額なものになります。
事件の事実さえ告げれば警察がすべてやつてくれるというもの
ではありません。
しかも、警察が被害額全額について刑事責任を追及してくれる
とは限りません。実際、私が担当した事件では1億円以上が横
領されていましたが、刑事が調べた結果は500万円の小切手
から足がついたものだけでした。
横領した人物が部長だったことや逃亡したことで実刑になって
います。
刑事責任は、証拠内容の裏付けが取れたものだけしか追及でき
ませんから、仮に会社が把握した被害額が1,000万円だったとし
ても、その証拠との関係で50万円の範囲で起訴ということにな
ります。
このような覚悟が企業側に求められます。
民事における賠償を優先するのではあれば、警察ではなく、本
人や親族などとよく話し合いをもつことが重要ではないでしょ
うか。