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経営マネジメント

キンバリー・クラークの急成長の中で仕事をし、そしてスコット・ペーパーは敗れた

私が営業職についたのは、1978年だった。
スコッティというティッシュペーパーを製造・販売していた
会社だった。
競合相手は、もちろんクリネックスだった。
いたるところで競合した。
宿命のライバルという奴だ。
後に、ネピアやエリエールとの競争も激しさを増した。

私が、今読んでいる本「ビジョナリー・カンパニー2 飛躍の
法則」の中にキンバリー・クラークの急成長の源泉が書かれ
ていた。

私が、営業をおこなっていた時代、このような事実を知るよ
しもなかったが、キンバリー・クラークの急成長の真っただ
中で営業活動をしていたのだった。もちろん、私自身は、ど
のブランドにも負けない営業をしていたと思う。
会社の将来だけは不安だった。
製品の問題ではなく、経営マネジメントの問題だった。

この本のなかにあった資料だが、キンバリー・クラークの急
成長をみてはじめて驚いた。

グラフは、「ビジョナリー・カンパニー2 飛躍の法則」による

私は、1978年から1989年まで営業職として働いた。
まさに、怒涛のごとくキンバリー・クラークが急成長してい
た時代と合致する。
スコット・ペーパーは、私が退職した後、1996年キンバ
リー・クラークに買収された。
ダーウィン・スミスという経営者の気迫ある経営にスコット
・ペーパーは負けた。

私が在籍していた会社もこの流れに沿うように合併した。
今では、競合ブランドとのツーブランド体制となっている。
それでも私がいた当時、売上高約300億円から現在では約
1000億円になっている。
合併は成功だろう。
とくに市場が減少していく社会だ。
海外販路がない企業だから国内の販売力を確保する必要があ
る。合併することで国内における販売力がついてきたと思わ
れる。

実際、クリネックスブランドと私が販売していたスコッティ
ブランドをよく目にする。
わが家もそれぞれのブランドを購入している。
現在、息子が自動車の車検時にもらった、たくさんのスコッ
ティ(販促用の非売品)を使用している。
なくなればまたクリネックスか、スコッティを購入するだろ
う。

私が通っている病院では、この会社の業務用製品をしばしば
目にするし、利用させてもらっている。
経営マネジメントがどのようになったかはわからないが、私
の友だった製品は元気に市場にいる。
今でもうれしい。
お互い揉まれた人生だったな、と声をかけてあげたい気持ち
だ。

それにしても1971年にキンバリー・クラークCEOに就任
したダーウィン・スミスという人間は、『二十五年後、キンバ
リー・クラークはスコツト・ペーパーを傘下に収め、八つの
製品ラインのうち六つでプロクタ— &ギャンブルを打ち負か
した、スミスは引退にあたって、素晴らしい業績を残せたこ
とについてこう語った。「わたしは C E Oの職にふさわしい仕
事ができることを示そうと、最後まで努力を続けてきた」 』
という実績を物静かに達成した。
『』内、ビジョナリー・カンパニー2 飛躍の法則より

私が驚いたのは、プロクタ— &ギャンブルを打ち負かしてい
ることだ。
日本では、家庭紙販売で先行したキンバリーとスコットのそ
れぞれの合弁会社によってティッシュペーパーやトイレット
ペーパー市場では勝利したが、その後販売がはじまった紙お
むつ市場ではプロクタ— &ギャンブルに大敗した。
そもそも当時の企業である合弁会社の2社は、国内における
紙おむつ市場のマーケティングもできていなかった、と思う。
私が在籍した企業では、紙おむつ市場に対してまるで他人事
だった。
その後、各社の紙おむつ市場の拡大によって、慌てて紙おむ
つ製品を出したが、話にならなかった。
そうだろう、すでにユニチャー、P&G、花王という競合がひ
しめいている。
製品の品質や機能などどれも本気で開発などしておらず、下
請け企業に丸投げだった。
私が在籍していた当時だが。

このような経営マネジメントをまじかにみておれば、早晩、
在籍していた企業になんらかの動きがあるだろうと思ってい
た。
親会社も大企業だったが、製紙不況の流れのなかで合併し、
子会社同士が合併を選択できてただけでもよしとしなければ
ならない。
私が在籍していた時代にティシュの販売競争は限界に近づい
ていた。ティシュの安売り競争では、利益が上がらないこと
は、覆せない事実だった。
どこかの企業がつぶれていくことは、わかりすぎていたし、
この業界は中小企業が多かったが、今ではかなり淘汰された
ように思う。
私は、そんな時代を営業として歩いていた。

キンバリー・クラークが、スコツト・ペーパーを収めたこと
は、2000年代ごろ、私は知っただろうか、驚いたことを
覚えている。
経営マネジメントをみていると、企業の将来はある程度わか
るものだ。
国内産業であれば、なおさらよくわかる。
それが経営の現実だ。
私は知らなかったが、米国のキンバリー・クラークには、ダ
ーウィン・スミスというすばらしい経営者がいたのだ。
見事な経営というほかない。

 資料は、「ビジョナリー・カンパニー2 飛躍の法則」より

今読んでいる本(ビジョナリー・カンパニー2 飛躍の法則)
から営業時代を思い出していた。
少し古い本だが、キンバリー・クラークにいたダーウィン・
スミスとのよき出会いができた。
競合会社だが、この人の経営を知ると、スコット・ペーパー
がキンバリー・クラークの傘下に入ったことは幸せなことだ
っただろう。
クリネックスとスコッティが仲良く、みなに愛される姿をみ
ているだけで、私は幸せだ。

人生には、いろいろな出会いと思い出が残るものだ。
挑戦したこらこそ、みえるものがある。
感謝しかない。

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